たとえば世界が自分一人だったとき、その人に人格はあると思う?
ん? ……んん…?
うーん、観測者がいなければ物事は決定されない、とかそういう話ですかっ?
たぶん、ニアミス。
地球最後の男、じゃないけど。
世界に誰もいなかったとき、たぶんその人には人格ってないんじゃないかな。
例えば、僕。例えば、キミ。
人間関係の一切合切がそもなかったとして、誰もいないのにどうやって道徳を学べるのかな。
それこそ言葉遊びだけど、道徳も悪徳もないよね。
自分以外がいなければコミュニティもなく、組織の中での自分の立場も役割もない。
もしかしたら人格はあるのかもしれないけど。
小唄ちゃんのいうように、観測者がいなければなんとやら、だね。
まあ、長ったらしい話になったけども。
要は性格は周囲の環境に対する処世術の集合体ってこと、でいいのかな。
……まあ、それはだいたい納得できますケド。
それとこの話はどうつながるんですかっ?
うん。だからさ。
人格が処世術の集合というなら、友達が死んだ小唄ちゃんは自分の一部を無くしたってことだよね。
死んだ子に対するキミの反応は、もう二度と活性化できないわけだから。
そりゃ、エゴの塊みたいな小唄ちゃんにはしんどかろうよ。
……たぶんさ。僕も同じ理由で戦ってるんだと思うよ。
自分の一部を守るために戦ってる、ですか?
なるほど。それはたしかに、ヒロイズムに溢れてなくて食傷気味のハートには優しいですねっ。
他人のために戦う、なんてのよりはずっとボク好みです。
でもそれってあれですよねっ。
「自分に近しい友人を守るためには戦うけども、友人の友人は守らない」ってことですよね。
いや、どうかな?
その出来事によってその友人が変わっちゃうことが嫌なら、
やっぱり守ろうとするんじゃないかな。
なんか境界線が曖昧ですねそれって。
うん、まあ、こじつけみたいなもんだからね。
あと口では何と言っても100%自分のためだけには戦えないよ。さすがにね。
そういえば、さ。来訪者になるって、正直なとこどうなの?
人間をやめる、ってイメージが強いんだけど。
んー?そんなに期待するほど劇的には変わんないですよっ?
柴センパイは、白燐蟲を身体に入れたときどうでした?
え? うーん……漠然と体調が良くなった、かな。
胃もたれとか消化不良の類が良くなったりとか。
体質改善、っていうのかな。アレルギーとかもあったら治ってそう。
むむ、なんかお徳ですね白燐蟲…!
さすが善玉寄生虫。
んー……柴センパイ、来訪者になるのってそんな抵抗あります?
……まあ、正直。
強力な力で魅力的だとは思うけど、人間やめるにはちょっと勇気が。
ボクからしてみると、そこがなんか違うと思うんですよねっ。
違うっていうか…。こう、誤解を生むことを承知で端的に言わせて貰うと。
「能力者になったのに、まだ人間のつもりでいるわけ?」っていうか。
人間であるコトにそこまで固執するのが分かんないですねー。
外見的に異形でなければ人間ですか?
柴センパイ、いま自分がどんだけ一般常識から外れた力持ってるか、
ちゃんとかわかってます?
…………。
いっちゃんあたりはそのへん自覚症状がしっかりあるんですけどっ。
柴センパイ、その気になったら詠唱兵器もなく素手で一般人殺せるんですからね?
平均的な体格の人間だったら、ほぼ一撃で。
タフネスの面でも、電車に轢かれた程度じゃ死ねませんし。
そんなのもう人間って臆面もなくいえますか?
精神論とかは別にして。イキモノとして。
手厳しいね。
つまり、もう能力者の時点で人外魔境なんだから五十歩百歩ってこと?
毒を喰らわば皿まで、はちょっと違うか。
ありていに言ってしまえば、そーなりますね。
というかなんですか。来訪者になった程度のことでなにが変わるっていうんですか。
柴センパイはセンパイがいうところの「人間」じゃなきゃ柴朔太郎じゃないんですか?
センパイの彼女さんもいま土蜘蛛じゃないですか。
土蜘蛛になったら柴センパイのなかで彼女さんの価値は変わりましたか?
む。それはまったく、全然ないけども。
……しかしなんか釈然としないものが。いや、央璃のことではなく。
むー、尻の穴の小さい男ですねー。
いっぺんウホな感じでヤマジュンされてきたらいいと思います。
柴センパイは、なにをどうしたら柴センパイであるといえるんですか?
うん…?
論理学でいうところの必要条件ってやつです。
どんな条件を満たしてたら、それは柴センパイって呼べるんですか?
眼鏡をかけてたら?銀誓館学園の卒業生だったら?
純粋結社タマハガネの元結社長の現顧問だったら?
ヘタレでチキンでネタ大好きだったらそれは『柴センパイ』ですか?
自分の足場をいっぺん確認してみたらいいです。
何が譲れて、何が譲れないのか。根っこはどこなのか。
余分なものをがっつり削ぎ落としていったら、案外なにか見えてくるかもですよ。
……そうね。
男であることは外せないだろうし…。
ん、でもこれって周囲の環境で結構変わってくるものじゃないの?
まあ、多少は。
たまに劇的な事件で内面も外面も激しく歪むこととかありますもんね。
でもそれってもういまボクが話してる「柴センパイ」じゃないですよね。
もし残念ながらそういう事態になったらそのときはまた足場を再確認するしか。
……なんだか僕は説得か説教を受けてる気分だよ。
今日はいつもに増して饒舌デスネ。
まあ、そういう日もあるってことで。
あ、そうそう。
うん?
ボクは吸血鬼になろうと蟲を身体に入れようと、
鈴虫小唄であることは微塵も揺らぎませんよ。
ボクという人格とエゴを兼ね備えた存在であれば正直器の形が多少変わったところで。
まあ、さすがに身長が2mオーバーとかになったら人格に多少の影響出ますけど。